なんだか引っ掛かる駅など

文:うしだよしゆき

 撮影旅行と名乗って相変わらず出掛けることが多いが、あちこちまわっていると、なんだか気になる駅というのがいくつか出てくる。例えば、トンネルの中にある北陸本線筒石や北陸急行ほくほく線美佐島、目の前がすぐ海の長崎本線東園や北陸本線青海川、駅を出ようにもどこに道があるのかわからない山あいの土讃線坪尻や飯田線田本、立ち食いそばのうまい長岡駅や、高松駅よリうどんのうまい松山駅、などは知っている方もあるかと思う。が、ここではもうちょっと個人的に引っ掛かった、不思議と印象に残った駅について書きたい。

 静岡県の掛川と新所原を結ぶ天竜浜名湖鉄道に金指(かなさし)という駅がある。ここは乗っていて思わずきょろきょろしてしまう駅だった。列車が駅に着いてまず目につくのが年季の入った跨線橋やホーム屋根などの古い施設。天竜浜名湖鉄道の前身、国鉄二俣線は東海道本線の迂回路として昭和15年に全線開通しているから、おそらくその頃からのものだろう。独特の形をした木造の立派なものだ。そして駅の建物の裏手にはSL時代のものとおぼしきコンクリート製給水塔まである。さらにホームからサボテンまで生えてるなんて駅、他にあるだろうか。
 そういえばここには昔、軽便鉄道の遠州鉄道奥山線ってのが来てたなあ、だから構内の敷地が広いんか。なんて思っていたら、駅から西へ進んだ先にその奥山線のコンクリート橋が線路を跨いでいた。えっ?とびっくり、奥山線の廃止は昭和39年。それから36年、まだそこに残っているのだ。

 京福電鉄三国芦原線の終点三国港(みくにみなと)は東尋坊まであと2kmというところで線路が終わっている。町の中心はひとつ手前の三国駅。東尋坊へのバスもここからでているので、三国港は静かな無人駅になっている。木造駅舎が健在で、昔賑わっただろう広めの待合室はそのまま残り、時刻表は今でも筆文字縦書き。外のトイレの「男」「女」までもがへたくそな筆文字だ。(これは相当ヘンだ)。
 そしてこれはすごい、駅のすぐ手前の、線路を跨ぐ道路橋はちょっとしたレンガのトンネルだが、道路が斜めに横切っているためにレンガまでも斜めにらせん状に組んであるのだ。専門用語でいう「ねじりまんぽ」だと思うが、実物を見たのは初めてなので、感動モノだった。
 駅の周りは今風のふつうの町だが、すぐ向いには九頭竜川の河口がだらしなく広がっているので、釣り人でも眺めながらゆるい気持ちに浸ることができる。

 山陽本線に笠岡というところがある。岡山県の西のはずれですぐ隣が広島県、一般にはカブトガニが生息していることで知られた町だが、ここは前から気になっていた。山陽本線も岡山から西へは、田んぼや家並みばかりの平凡な景色が続くが、列車が笠岡に近づくと景色は一変、急に路地裏に紛れ込んだかのような狭い町なかをすり抜ける。一昔前の漁村のような風景をきょろきょろ慌てて見回すうちに笠岡駅に到着、この間数十秒、まるで異界を見たかのようなあっけにとられた思いをするのだ。
 これは一度降りねばという思いから、このあいだの山陽撮影旅行で野宿もかねて行って見てきた。駅近くの路地に「白石島 北木島 真鍋島 ゆきのりば」と大きな案内板が出ているのがいかにも瀬戸内らしい。駅裏に国道2号線も走っていて、昔から交通の要所なのだろう、古い町並みにも納得がいく。町そのものはそれほど広くないので一時間もあればひとまわりできる。変わった感じの蔵や時代から取り残された商店街、港の停まいなど、なかなかに味があって全然観光地でないぶん余計うれしい。
 それと笠岡にはもうひとつ見どころがある。かつてここに井笠鉄道という軽便鉄道があった。笠岡から北へ井原、神辺、矢掛を結んでいたが、昭和46年に廃止されている。その井笠鉄道のディーゼルカーが一両、今でも駅の西の道路橋の下に保存されているのだ。これは山陽本線の車窓からもほんの一瞬見ることができる。廃止から29年、廃墟のように荒れてはいるが骨格はしっかりしていた。ちなみに井笠鉄道の廃線跡は細い路地に変わり、駅前地図でもはっきリそれとわかる形で残っているのでそちらのほうの散策もおすすめできる。

 なお総社から矢掛、井原を通って神辺までを結ぶ井原鉄道が平成11年に開業。こちらは28年ぶりに鉄道が復活した。井笠鉄道のほうは今でもバス会社として健在。地元ばかりでなく遠く大阪までの路線もある。神辺・井原・笠岡から、なんば・上本町まで走るその名もカブトガニ号! いちどみてみたい。

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(C)Yoshiyuki Ushida 1999.12.18