駅ネするひと

1998.8.11〜12 小海線 佐久広瀬駅

うしだよしゆき


 ローソン山梨小淵沢町店は、小淵沢駅前の坂を下りた先にある。いなかの方の撮影では一日食べものにありつけないこともあるから、こうしてコンビニとか見つけると、それだけでしあわせをじんわりかかえて、つい長居をしてしまう。あした起きたら何を食べようって一人にこにこしながら、

 ピリカラソボロマーボードン
 モリナガリプトンミルクテイー500ML
 シキシマイナカノナスドーナツ
 シキシマポービリアゴマ5ホンイリ

 シメて756円税込を買い込んだら、きょうのしめくくり、21:19発小海線最終の小海行に乗る。


 
 きょうは昼のうちに小淵沢〜小海をとりながら往復していて、そのあいだにとても寝たくなるような、感じのいい駅を見つけてあるのだ。

 佐久広瀬。立派な名前だ。短いホームと待合室、まわりに人家もない、ひっそりとした無人駅。ひとめ見てきょうはここで寝るんだ、とすぐ心に決めた。

 小海行きは二両編成のワンマンカー、新しい車両なので、変に感傷的な気分にひたらずに済むのがいい。ローカル線につきものの、旅情とか、ノスタルジーとか、そういう演歌っぽい雰囲気はどうも苦手なほうなのだ。

 列車は30人ほどの客を乗せて定刻に発車、まっくらな坂道を軽快にのぼる。清里で半数が下車、野辺山、信濃川上と客を降ろすと、車内は数人のみのガラガラ状態。佐久広瀬で降りるのは私ひとりだけだった。運転士は明るくありがとうございましたって言ってたけど、私の大荷物を見れば、ああこいつここで寝るんだな、くらいのことはきっと思ったに違いない。

 列車が遠く離れ、ディーゼルの音がきこえなくなると、耳より先に気持ちの方が静かになる。とりあえず荷物は待合室に引っぱり込んで、駅のあたりを観察する。佐久広瀬。無人駅。三両のホームがひとつ。ホームには、満開の花をもこもことあふれさせたプランターが、ずらり一列に並ぶ。まぶしすぎるくらい白く強い水銀灯の光が、花の列をくっきり浮かび上がらせる。舞台のようなホームの上を、あたりいちめんの蛾が寄ってきて、飛びまわり、騒がしい。

 駅の建物は三畳ほどの待合小屋のみ。トイレなし。水道なし。電話なし。ジュースの自販機もポストも自転車小屋もない。駅前に人家はなく、段々畑の上から舗道が一本するする下りてきて、駅で行き止まりになっている。よく見たら公衆電話への案内看板があって、畑の中のまがりくねった道をずんずんのぼった国道沿に電話があるそうで、まあずいぶんとくねくねした地図で、方向音痴ならおそらくはたどり着けない。とにかくワイルドで女子供をよせつけない、大変困った「男の駅」なのである。ここならば誰ひとり見られず、気付かれず、驚かすこともなしに、ゆっくりと朝を迎えることができるだろう。

 蛍光灯の切れた、暗い待合室で、肌の露出した部分、うで、顔、のど、首のうしろ、などに虫よけスプレーを吹きつける。やってるうちになんだか耳なし芳一を思い出したりして、耳にも念入りに、スプレーの液をすり込んでおく。たしかに耳元に虫の飛ぶのは感じのいいもんじゃないからね。

 再びホームに出ると、眩むような水銀灯の白の中に、黄白赤の花の群れと、さかんに飛びまわる蛾の群れ。むっとぬるい空気がまわりを包む。なんだかあの世の風景みたいだ。荷物からカメラを出して、50ミリタテ位置手持ちで十数枚撮る。そうしてようやく、寝る準備にとりかかる。

 今回はシュラフカバーを持ってきた。シュラフカバーってのは本来、シュラフの外にもう一枚重ね着して、保温、防水効果を得る、っていう寝袋の薄皮みたいなもんだけど、何が便利って、これをたたむと、こぶし大ぐらいにまで小さくなる。べつに山に入るわけじゃないから、むし暑い夜はTシャツにシュラフカバーのみでも朝方冷えたりしない。だから結局年中使っている、という野宿のスグレモノなのだ。

 枕は弘済出版社の総合時刻表小型全国版'98.7月号450円。ちょうどよい大きさの愛用品。栞に18きっぷをはさむのも自分のスタイルとして、ここ数年定着した。待合室には、縁側のような長いベンチがひとつ。座面には長細くつないだ座布団がぴったり乗っている。近くの老人会の手作りのものだろう。国鉄、JRからの感謝状が何枚も誇らしげに飾られている。ホームいっぱいのプランターも、待合室のそうじも、冬の雪かきも老人たちの仕事。待合室の隅にまとめられた掃除道具は、大切に使い込まれた様子。

 座布団の上の蛾を払って、シュラフカバーの中にするりと入って横になる。荷物は、たぶん誰も来ないから、そのまま置いといてもいいだろう。

 東の山向こうに、月齢十九の欠けはじめのぼんやりした月。近くを流れる川の音。待合室の中まで飛び回る蛾が、あちこちぶつかってパタパタいってる。シュラフカバーを頭の上まですっぽりかぶって、虫よけ。ああ、さすがに高原の駅、暑くない。気持ちよく眠れそう。くあ〜っ、と背のびして。おつかれさま。おやすみなさい。


……駅の明かりが消えてる。

しばらく寝てたんだ。おやすみ……

 ……いま何時だ?寒くなってきた。時計もないし……

    ……雨がふってる……

…………………………寝る!!…………………………

挿入写真:1998.8.11 小海線 信濃川上〜野辺山 撮影:うしだよしゆき
うしだよしゆき氏の写真作品は、当ホームページのオンラインギャラリー 写真部門で公開中です。
Goto HOME