菅谷アキヨシ語録Part1 ケッタを知らないなんて!!
 地方から上京して暮らしていると、自分が今までトーゼン標準語(全国共通 語)と思いこんでいた言葉が、実は外では通じないと知ってガクゼンとすること がある。
東京は八王子にある大学に入学して間もない頃の失敗談。
「俺、ケッタで大学まで通ってるんだわ。」(私)
「ケッタて、何?」(友人)
こいつ、ケッタも知らんのか。可哀想なやつだ、と思いつつ他の友人達に話をふると、全員そんなもんは知らんという。ははァ、さてはこいつらみんなとんでもない地方の出身者なんだな、と、地方ではあるが 中部地方最大の政令指定都市で新幹線ひかり号もかならず停まる某市に生まれ育った私は、気の毒な連中よ、こんな当たり前のこともしらんのか、とかすかな優越感にひたって出身地をきくと半数以上は東京あるいは首都圏の出身だという。
「???」
狐につままれたようなような気持ちでいると、もう一度友人に
「ケッタて、何??」
と問われ、恐る恐る
「自転車・・・」
と答えると、大爆笑。いたくプライドを傷つけられた私は「チャリンコ」と呼ぶのが一般的であると知らされるのであった。

 で、「ケッタ」改め「チャリンコ」の話。
最近、自転車を購入した。よくいうママチャリや、はやりのマウンテンバイク、ビーチクルーザーの類ではない。

 その名は「ボルペ」。ビアンキというイタリア製のロードレーサー。 今は街 中ではほとんど見かけなくなった、ドロップハンドルのアレである。そんな浮き世離れした自転車購入のきっかけは、私の同居人が自転車のマニアの知人に感化され、ダイエットとアトリエまでの足を兼ねるから、バースディプレゼントに買ってね、買いなさい、さあ買え、やれ買え、買わんかコノヤロウ!とナマハゲのごとく迫りより、乗り気じゃないまま阿佐ヶ谷にあるスポーツサイクルショップまで引きずられていったのであった。

 そこのショップは地下1Fから4Fまであるのだが、最上階にはショップの社長秘蔵の自転車がならんでいる。それらの自転車はツール・ド・フランスなどのレースで走る、いわば自転車のなかのフォーミュラーカーで、1台ン百万円也はするのである。その辺のスポーツカーよりよっぽど高いのである。なんてこった。みなさん、たかがチャリンコがン百万円もするんですよぉー、と叫びたくもなる。しかも、百万円位のものが適当に売れている!という話である。世も末である。無論、私にそんな高価なシロモノが買える道理がない。ボルペはこのテの自転車の中でも最も安価な部類にはいるが、それでも10万円(セール価格)するのである。さすがに買うときはためらった。チャリンコなんてのは動けばよい、しかもこんな細い自転車じゃ、まえに買い物かごをつけられないじゃないか!などと思ってしまうのである。それに加えてあの前傾姿勢である。女の子が乗るのであ る。危険じゃないか!などとわめきちらしつつも、結局買わされるハメになってしまった。

 後日、納車の為に阿佐ヶ谷から世田谷の自宅まで私がこいで帰ることとなった。サドルの位置が高くて足が地面につかないから、車に轢かれないように気をつけてね、などと半分おどされつつショップを出発する。最初は、おっかなびっくり乗ってみる。まるで初めて補助輪なしで自転車に乗るこどものように。暫くはしって感じた印象は、「軽い」ということと、「思ったより安定している」ということである。トップギヤでもさほど重く感じられず、足に負担がかからない。ふみこめばガンガンスピードがでる、といった感じである。そして、坂道。 普段なら自転車でのぼるのがためらわれるような坂道でも、ギヤをほとんど落とさずにぐんぐん進んでいく。慢性の運動不足の私の足で、である。「おれにもまだこんな体力がのこっていたんだ!」と、思わずとんでもない錯覚してしまうくらいである。しかも、シマノ製の変速ギアはブレーキと一体構造になっていて、 手をハンドルから離すことなく変速できるのである。この時点で自転車の技術的進歩をまざまざとみせつけられ、誰にいうでもなく「俺がわるかったぁ!」とか「サンクス・ギビング!」とか意味不明の事を口ばしりながら暮れゆく初冬の街道を恍惚と走るのであった。(続く)  

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