ぶらり旅・番外編(中国)
 
文、写真:佐々木久見子

ヨーロッパとくにドイツの事を二度ほど書いてきましたが、5月に一週間ほどお隣の国中国(北京・西安・洛陽・黄河)を廻って来ましたので、せっかくですから今回は番外編としてその時の事でもお話しましょう。

 私は子供のころに台湾には行った事がありましたが今回初めて中国大陸に行きました。今回の旅では中国のとくに北から西にかけて行って来ました。行きは大連経由で帰りは上海経由でしたが、経由の時間をいれても4時間ほどで時差も1時間と西洋に出かける時の距離の遠さや緊張感はほとんどありませんでした。

 経由地の大連は、工業地帯でその簡素な空港の滑走路近くにも石炭が積み上げられその乾燥した空気は、昔石炭で暖をとっていた頃の私の記憶を蘇えらせ、なつかしい思いにかられました。まだまだ中国では石炭の需要が多くて公害問題となっているそうです。

 北京へ着くとそこはもう大都会でけっこう外車も多く高層ビルもボンボン建っていて、携帯電話やポケベルも一般電話や公衆電話の普及が悪いためかお金持ちの若者はしっかり使っていて、そんなところにもはっきりと貧富の差が出ていて短期間に急激に資本主義的な発展をとげているのかと思われました。この旅の間ずっと我々を悩ませたトイレの問題でも出発前にあらゆる人に聞いてはいましたが最悪の状態で、その点でも外国人が多い一流ホテルだけはどこも水も流れ紙もありましたが、物の値段の方も一流でした。

 北京から西安へは飛行機で1時間40分ほどです。西安はシルクロードの出発点として、紀元前から秦、漢、隋、唐など3000年にわたって栄華を誇った都で昔は長安と呼ばれていた事は有名です。今でも城壁が取り囲むこの都へ我々もセレモニーとともに北門から入場しました。ここでは、秦の始皇帝の権力絶大さを今に伝える"兵馬傭坑"。1986年に玄宗皇帝・楊貴妃の浴槽が発見された温泉地の"華清池"。漢、隋、唐、宋、清代までの名筆が刻まれ、全部で65万以上の漢字があるといわれる石碑の林立と古代からの歴史文物の集大成で有名な"碑林博物館"。三蔵法師がインドより持ち帰った仏教経典600部あまりを納めるために建てられた西安市のシンボル"大雁塔"(高さ74m、7層の塔)を訪ねました。

 とくに2000年にわたって地中に眠っていた兵馬傭坑の数の多さには息を呑みました。現在発掘された兵馬の数だけでも6000体にのぼり、その表情すべてが異なり死後の始皇帝を永遠に守っているのでしょうか。まだまだ発掘されていない数はわからないそうです。

 西安から洛陽へは列車で7時間ほどかかり、中国の鉄道はまだディーゼルだそうです。   洛陽は紀元前11世紀、周世王が洛水の北に「洛邑」を建設してからは、東周・後漢・魏・西晋・北魏・隋・唐・後梁・後唐の9つの王朝が都を置きました。ここでは、中国三大石窟のひとつ"龍門石窟"を訪ねました。敦煌の莫高窟はその壁画の美しさで、雲崗石窟は一体の仏像の大きさが大きい事で、そして龍門石窟は仏像の量の多さで有名です。現存する石窟は、計1,352ヵ所で全長1kmにもおよび、唐代末までに彫られた仏像は約10万体 もありその数にびっくりしました。又、西暦68年に建立された中国で最も古い仏教寺院"白馬寺"へも行き、いよいよ黄河の際に立ちました。その水際の土も石も大河によく研磨されていて粘土はパウダーの様にサラサラと石は手に納まり良くツルツルと快かったです。

 洛陽から北京へは寝台列車で丸12時間かかりましたが、疲れもあるのか以外とぐっすり眠る事が出来ました。

 5000年の歴史を誇る中国の首都北京では、南北880m、東西500mという世界最大の広場の天安門広場。明の永楽帝が15年の歳月を費やして1420年に完成させ以後、清の末代皇帝溥儀まで500年、24人の皇帝が暮らした故宮博物院(面積約72万u、60の殿閣に9,999の部屋)。月からも見える人類史上最大の建造物である万里の長城(全長約6,700km)と、快晴のお天気の中廻りました。

 中国のほんの一部分しか観ていませんが、それでも当たり前に一番感じる事はその雄大さでしょう。どこへ行っても広くて大きくて、ここは大陸なのだと痛感させられました。地球上の5人に1人は中国人という12億の民は、これからも脈々と歴史を重ねて行く事でしょう。北京よりはるかに充実していて今風な上海の空港を経由して帰国しましたが、奥の深い国へは何度も行ってみたくなりました。 つづく ・ ・ ・ 。

写真の説明。上より
西安城壁北門セレモニー
万里の長城
西安碑林(石に彫られた字、絵を紙にうつす) 
■ご感想はこちら > E-MAIL k-s-werk@msj.biglobe.ne.jp  佐々木久見子

1999.6.24 (C)
Goto Artfolio HOME