私は図書館のある水道町から西へ向かって歩き出した。町の中には所々城下町の名残が残っている。そして寂れた洋館や朽ち果てた映画館。目覚めの遅いスナックなど生活のにおいがいっぱい。私はそういった上田の町が気に入ってしまった。ゆっくりと歩きながらカメラのファインダーをのぞき込み、シャッターを切った。
袋町という町に入って私は小さな通りへ入ってみた。ここは上田の歓楽街で、スナックやバーなどがいっぱい軒を連ねている。そこの中をうろうろする。あるスナックの前には犬がつながれていて愛敬を振り撒いていた。私は彼らをなでてやり、写真を撮ろうとカメラを向ける。しかし、犬たちはカメラを怖がってわんわん吠えるのだ。これには困った。犬の声を聞いてお店のおばさんが出てきた。
「なはは、どーもすんません・・・」
私はおばさんにおじぎをした。おばさんはにこにこしてお店の掃除を続ける。周囲のお店からも人が出てくる。どうやらこの時間はいっせいにお店のお掃除タイムのようだ。
私は袋町からまた元の道に戻り、今度は北上をする。馬場町のあたりで一件の喫茶店を見つけた。ちょうど喉が渇いたので入ることにした。
中はウッドの家具で統一されていて非常に落ち着きがある。コーヒーもちゃんとサイフォンがあってそれで入れているようだ。なかなか本格的な喫茶店である。
「カメラマンの方ですか?」
カウンターに座っている気っ風の良いおじさんはいきなり私に尋ねた。
「え?」
「いや、カメラたくさんぶら下げているし。そうかな・・と」
「・・・なはは。いやいや、これは趣味でして・・・」
私は頭を掻きながらカウンターに座った。
「なになさいます?」
カウンターの奥に立っているここの喫茶店の女主人が訪ねる。
「あ、アイスコーヒーお願いします」
カウンターのおじさんは首にかけている白いタオルをつかみながTVの高校野球観戦をしていたのだが、親しげに私に積極的に話しかけてくる。
「どちらから来られたのですか?」
「あ、京都なんですよ、実は・・・」
「え?京都?」
おじさんと女主人は目を丸くした。こんな時期にわざわざ京都から観光に来る人なんて珍しいらしい。
「そりゃあ、遠路はるばる・・・」
「いやいや、こちらこそ・・・」
「どれぐらいかかります?京都からだと」
「あ、5時間ですよ。一日に一本直通の特急が出てますので、それに乗ればいっぱつですよ、ほほほ」
「京都っつうたら、やっぱ、「おたべ」・・・」
「私は「生八つ橋」のほうが好きよ」
いきなり場が和んでしまって、私とおじさんと女主人、いやマスターと呼ぶべきか。とにかく初対面とは思えないような会話が続いた。
「ここのね、町内会で一度京都へ旅行したことがあるのですよ。そのとき食った湯豆腐はうまかったなあ」
おじさんは下をぺろっとして笑った。
「ははは、私地元ですけど南禅寺の湯豆腐は食ったことないのですよ、実は・・・」
「地元民って、みんなそういうものよねえ。って私は東京出身ですけどね」
マスターは笑った。
「ところで・・・」
おじさんは真顔で私に尋ねる。
「どうして上田へ?ここってあんまり目玉がないでしょう・・・」
「あ、実はここは父の出身地なのですよ・・・」
あんまりこのことは話さないでおこうと思ったのだが、親しくなってしまったというのもあるし、自然の流れでいきさつをしゃべってしまった。
「・・・お盆に亡くなった父上の生まれ故郷をねえ・・・。粋なことやるねえ。「おやじのルーツ」を訪ねる旅か・・・・」
「ほーんと、めったにできないよ」
「いやー、そんなにほめないでくださいよ。ただ、どんなとこかなと「興味本意」で来ただけですから・・・」
わたしはおじさんとマスターが持ち上げるので恥ずかしくなった。
「でも、話によると親戚はここにはいないんでしょう?」
「そう、みーんな関西に固まってしまってますから」
「手掛かりは?」
「あ、だいたい見つけました。さっき市立図書館で最終の確認をしてきたばかりです」
私はより詳しい情報を知ろうと地図を取り出した。
「常盤城といえば、上田城の西だね。けっこう昔からある古い町だよ」
「そうそう、たしか北国街道をずっと西にいけば行けるわね・・・」
おじさんとマスターは交互に親切に常盤城近辺の情報を教えてくれた。

「ところで、ここ上田の特産って何ですか?」
私は唐突に二人に聞いた。京都の事を二人から色々聞かれたので、こちらも聞いてみようと思ったからだ。
「特産ねえ・・・。京都みたいに特徴がないからねえ、ここは。ねえ、ここの特産ってなんだろうねえ・・・」
「うーん。そうそう。かいこ」
マスターはすぱっと言った。
「・・・かいこ?」
「そう、蚕の糸で作った上田紬。それぐらいかしら」
「あとね、酒。地酒がうまいよ〜。おーい!どんな酒が旨かったっけ、ここは」
おじさんは入口に向かって言った。
入口には新たに一人ヒゲのおじさんが立っていた。
「なはは、このおっさんも地元出身じゃあないけど、酒には詳しいよお。おい、どこ出身だっけか?」
ひげのおじさんは私とおじさんの間に座り、ぼそっと言った。
「あ、岡山ね。ここの酒と言えば、やっぱ「和田龍」ね。「六文銭」もうまいよお!」
ひげのおじさんは得意げに言いながら、ホットコーヒーをすすった。
「私ねえ昨日「御薗竹」というのを飲みましたけど、あれもうまかったっすよ」
私もお酒の話題に混ぜてもらおうと自分の飲んだ唯一の酒の名前を出した。
「お客さん、甘口がすきなの?」
マスターは笑いながら言った。
「そっすねえ。さっぱりしたやつが好きですねえ」
「うんうん、「御薗竹」もいい酒だねえ・・・」
ひげのおじさんはうんうんと相づちをうった。
「あとねえ、山口のりんごもうまい、あそこの林檎は絶品だな!」
タオルのおじさんはきっぱり言うと
「そう、あそこの林檎はうまいねえ」
わたしの左真横で声がいきなりした。振り向くといつの間にか眼鏡のおばさんがカレーライスをほおばっていた。
「山口のりんごって?」
「北のほうに山口りんご園というのがあるのですよ。あそこの林檎はどこの林檎にもまけやしないねえ」
タオルのおじさんはものすごく自慢げにいう。
「んじゃあ、買って帰ろうかな・・・」
「なはは、まだ早いよお」
「あ、そうだった」
一同は大爆笑になった。
「それからねえ、ここの自慢といえば・・・」
タオルのおじさんは目を輝かせて顔を近づけた。
「やっぱ、「真田幸村」だね!」
「そうそう!幸村!これね」
真田幸村の名前が出た途端、一同顔つきが変わったような気がした。
「私ねえ、やっと「真田太平記」読破したばっかなのよ」
マスターは脱力したように言って笑った。
「ははは、大変だったねえ。あの長編」
「真田幸村ってそんなにすごいのですか?私は「大坂夏の陣」で大活躍したけどそこで亡くなったってのは知っているんですけど」
私は以前TV番組「知ってるつもり」で真田幸村を含む真田一家の話をしていたのを思い出していた。しかし、その真意を思い出せずにいたのである。私の質問に一同乗り出して目を輝かせた。
「そりゃあ、幸村っつうたら我々上田の自慢よ!」
こうして私はここの喫茶店の気さくな常連仲間に真田幸村の武勇伝をしこたま聞くことになるのである。

                              (つづく)