12月の初めに妹の息子が生まれた。予定では、子供が生まれたあとは私の住んでいた実家にしばらくやっかいになることになっていた。父もそれを大変楽しみにしていた。しかし、それができなくなってしまった。

会社に母から電話がかかってきた。病院からだった。
「お父さんが、心臓の発作を起こした!」
「え!」
「あんた、はよ病院来て!」
「なんで!糖尿病の検査入院違ったんか?なんで心臓の発作なんか・・・!」
糖尿病について私は何の知識もなかった。血液中の糖分が多くなるぐらいしか理解しておらず、それが原因でどのような恐ろしい合併症をともなうのか知らなかったのだ。私は仕事を早めに切り上げ、病院に向かった。
病院には姉夫婦が駆けつけていた。私が病院に到着したちょうどその頃に父の手術が終った。病室に移された父は人工呼吸器などの機器を取り付けられ痛々しかった。
「手術するぐらいひどかったんか?」
私には訳がわからなかった。3日前には私は父と話をしていたのだ。元気な父の顔をみているのだ。それがいきなりこんなになるなんて。
お医者さんに詳しい内容を聞いた。原因は糖尿病の合併症で起こした心筋梗塞。糖尿病は血液中のぶどう糖の濃度が高い。そのぶどう糖がコレステロールとなって心臓の細い血液の管につまり、心臓の筋肉に酸素や栄養を送れなくなってしまう。それがもとで心臓の動きが鈍る発作なのである。一度は回復したものの、二度目の発作を1週間後に起こした。お医者さんは私たちを別室に呼び、父の心臓のレントゲンフィルムを見せ、手術が必要だと訴える。その手術というのはつまった血管を押し広げ、再びつまらないように血管の中に管を入れるというものだ。そう難しくはないが、心臓だけに下手をすると心臓が止まる可能性が少しだけあるという。私と母はそれで父の病気が直るのならやってほしいと頼んだ。

手術はわずか1時間で完了した。成功した。父はしばらく集中治療室で人工呼吸器と人工透析器を付けられ、食事もできず、しゃべる事もできない有様だった。しかし、父は徐々に回復していった。集中治療室から個室に移され、人工呼吸器もはずされた。私と母は交代で病院に泊り込み、父に付き添った。
父が看護婦さんにわがままを言うようになった。体をおこせとか飯を食わせろとか言うのだ。看護婦さんは軽く聞き流していた。こんなわがままな父を見るのは初めてだった。でも、私はそれがうれしかった。父が元気になってきている証拠なのだ。
「真司・・・」
「あ?なに?」
「・・・・・・!」
「どーしたん?」
「び・・・る」
「はあ?」
「びーる買ってこい・・・!」
「ええ!」
「ビールが飲みたいんや!」
「あかんて、親父!今飲んだらまた病気悪なるで!それに今は夜中の1時や。自動販売器もクローズドや」
父はむすっとして、そのままふて寝をしてしまった。

大晦日の昼の事であった。私は父の車を洗おうと、オートバックスに買物へ行って家へ帰ってきた時であった。家の近くでちょうどタクシーが発車しようとしていた。そのタクシーには母が乗っていた。母は窓から身を乗りだし慌ててまくしたてた。
「真司!ちょうどよかった!すぐ、病院!!」
「え?病院って?・・・まさか」
「お父さんの容態が急におかしなったんや、早く!」
ばかな!母から話を聞いていたが、今日、呼吸器や主要な補助装置ははずされて、父もようやく自由に体を動かせるという話だったのに。
「お父さん、昨日誕生日やったのにね・・・」
「・・・」
「看護婦さんに「プレゼントは何がいい?」とか聞かれたが「ティッシュでいいわ」って冗談とばしてたのにな・・・」
助手席の母の言葉が痛々しかった。私は強引に無茶な停止をした車に
「ぼけー!どこ見て運転してんねん!」
と窓をあけて大声で怒鳴った。

病室にはすでに担当の先生が駆けつけてくれていた。父は泡を吹いていた。病室の片隅には電気ショックのマシンが置かれていた。
「不整脈を起こし、そのおかげで心臓が一時停止しました・・・」
「で、どうなんですか」
「マッサージをして心臓は回復しました。でもそのおかげで意識がなくなりました。なにもなければ意識は回復するのですが、そのまま・・・という事もあります。現状では何とも言えません・・・」
父はまた集中治療室に舞い戻った。今晩は私が病院に泊まることになった。近くの長法寺の除夜の鐘を聞きながら年を越した。年が明けてから集中治療室に入り父に「あけましておめでとう」と言った。
年が明けて、1月4日私は引っ越しを行なった。母はこんな時に独り暮らしなんてするなとぶつぶつ言う。私自身まさか父がそうなるとは思ってもいなかったし、もう後には引けなくなっていたのだ。大晦日の発作から1週間経っても父の意識は回復しなかった。
そして、1月11日の土曜日。通常なら休みであったが、私は八幡の橋本の新居でMacに向かって仕事をしていた。ちょうど、その仕事が落ち着いた時である。けたたましく電話が鳴った。母からだった。
「病院から電話があって、すぐ来て下さいって・・・」
「・・・わかった・・・」
私は橋本から父の車に乗って実家に戻り、母を乗せて父の入院する病院へ向かった。集中治療室の父は相変わらず意識の無いまま、人工呼吸器の力を借りて息をしていた。ただ、いつもとちがったのは、脈拍と血圧がいつもの半分ぐらいに減っていたことだけ。
「今晩あたりがヤマです・・・」
お医者さんは無表情で言う。私はお医者さんに病気の経過の詳細を教えて欲しいと頼んだ。どうして、父がそうなったのか経緯がどうしても知りたかった。お医者さんは分厚いカルテを見せながらていねいに教えてくれた。このとき、糖尿病がいかに恐ろしい病気であることを知った。徐々に血液中の糖分が体をむしばんでいくのだ。私はどうしてもっと糖尿病の事を知ろうと思わなかったのだろうと後悔した。
「真司・・・、あのひと。また今回もいてくれてるわ・・・」
母は担当のお医者さんの横に座ってノートと取りながら聞いている看護婦さんを見て言った。
「ほんまやな・・・」
母の話ではこの看護婦さんはこれまでの父の三回の発作の時に三回とも現場に居合わせて父の命を救ってくれた人だったのだ。母はこれは非常に不思議な縁だと言っている。私も不思議に思っていた。三度も父の命を救ってくれた人が父の最期をみとってくれるのだ。私はこのとき初めて看護婦さんの崇高なる使命の素晴らしさを感じた。
「そうや、お袋!俺、やらなあかん仕事が残ってる・・・。まさか親父が今日こうなるなんて思ってなかったし。それだけやってこな。お袋、悪いけど3時間だけ席外していいか?万が一の場合は悪いけどお袋が親父の最期をみとってやってくれへんか・・・」
「わかった!いっといで!」
私は車に乗り、一旦橋本に戻る。そして、電源を入れたまま3DのレンダリングをしているMACの様子を見てから、京阪電車で本町にある会社に向かった。
会社に着いていつも作業をしている部屋に入り、MACの電源を入れたときに、内線電話がなった。
「藤澤か・・・」
その声は休日出勤していた人からだった。
「あ、横山さん・・・」
「今さっき、お母さんから電話あって、お父さんが亡くなったそうや・・・」
「え・・・・」
あっけなかった。覚悟はしていたがあまりにも早すぎた。
「おまえなにやってんねん!はよ帰れ!」
「そやけど、仕事が・・・」
「そんなん何とでもなる!はよ帰れ!」
「わかりました。段取りだけメモに買いて帰ります。本当にすみません・・・」
直属の上司からも電話がかかってきた。前回のCD-ROMのバグの件で迷惑をかけた上司だ。
「ほんま、こんな大事な時に何をうろうろしてんねん。はよ帰りい」
とにかく私は上司に御礼を言って、段取りをメモに買いてさっさと片づけて駅へ走った。また京阪電車に乗り、橋本からは車に乗って病院に向かった。車のカーステレオがつけっぱなしになっており、そこからα-Stationの生放送、「平岩英子のAQUARUM NIGHT」が流れていた。病院が近づいた時にシンガーであるDJ平岩英子のシングル曲「卒業」を初めて聴いた。リフレインする「泣かないで、泣かないで」のフレーズで思わず目頭が熱くなり、泣きそうになる。
「ちくしょ〜!こんな時にこんな曲かけやがって!!」
私はハンドルを切って病院への最後のカーブを曲がった。

病院に着いた時はすでに11時を回っていた。集中治療室にかけ込んだが、すでに父の姿がなかった。空になったベッドはすでにシーツを取り替えられていた。
「あのう、すみません・・・。藤澤信太郎の息子ですが、父は・・・」
「あ、少し前にお母さんと一緒に自宅へお帰りになられましたよ」
看護婦さんはやんわりと言った。ナースセンターにお医者さんがいて、私を見るとかけつけてくれた。
「この度は力足らずで・・・申し訳ありません・・・」
「いえ、そんな・・・こちらこそ色々とありがとうございました」
看護婦さん達も私に頭を下げてくれた。もちろん父の三度の発作に居合わせてくれた例の看護婦さんもである。

私は看護婦さんから受け取った父の荷物をもって家に帰った。帰ってきてすぐに母は私に向かってこういった。
「お父さん信じられへん。ええ顔してるで。発作で苦しんだとは思われへんわ・・・」
私は父の顔を覆っている白い布をそっと取った。父の顔はほんのりと紅潮し、うっすらと微笑んでいた。死の直前に見た点滴の浸透圧のせいでむくんでいた父の顔とはまったく違っていた。とても綺麗な顔であった。

1月11日21時27分、父信太郎永眠。享年65歳。死因は糖尿病の合併症である心不全であった。

私は近くのコンビニで父があれだけ飲みたがっていた缶ビールを二本買い、一つを父のまくら元において乾杯した・・・。

                              (つづく)



■注釈

【糖尿病】 血液中のぶどう糖の濃度が高くなり、糖をたくさん含む尿を排泄(はいせつ)する病気。